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コロナウィルスの感染と無症状の謎

米ワシントンポスト紙電子版の表記の記事に興味を持ったので全文を翻訳した。

今回のパンデミックを引き起こしているウィルスは「新型コロナウィルス」とも呼ばれる。「新型」と呼んだ理由は、このコロナウィルスに対して人類が免疫を持っていない、と見なされたからだが、この仮定は正しくない可能性があると言う。抗体検査で陰性だった人も免疫を保持している可能性を指摘している。「T細胞」が謎を解く鍵だろうか。

2020-8-14

コロナウィルスに感染した人々の40%は無症状だ。
彼らはパンデミックを収束させる鍵になるかもしれない・・? 

2020.8.9 ワシントンポスト電子版 By Ariana Eunjung Cha (森谷東平訳)

 

カルフォルニア大学サンフランシスコ校の感染症研究者であるMonica Gandhiが新しいコロナウィルスの蔓延について検討を開始した時に驚いたのは、感染した人にかなりの割合で症状を示さない人がいたことである。

例えば、ボストンのホームレス収容設備には147人の感染者がいたが、その88%の人は感染者と同居生活をしていたのに無症状だった。また、アーカンソー州スプリングデールのタイソン食品の食肉工場では481人の感染者に対してその95%は無症状だった。さらに、アーカンソー州、ノースカロライナ州、オハイオ州およびバージニア州の刑務所では3277人の感染者に対してその96%は無症状だった。
コロナウィルスが世界で猛威を振るったこの7ヶ月間に世界で70万人以上の人が命を奪われたが、その何倍もの感染者が無傷のままでいるというミステリーについてGandhiは検討を開始したのだ。

重篤な病気になった人々の近くで住んだり働いたりしていたにも関わらずこれらの無症状の感染者たちを守ったものはなんだったのだろう?接触したウィルス量に差があったのだろうか?遺伝形質だろうか?それとも普通には理解を超えるようなウィルス抵抗力を持つ人々がいるのだろうか?

この病気の多様性を理解する努力こそが結果を生み出すし、得られた知識がワクチンや治療法の発展を加速することにもなり、あるいは感染の広がりを抑えるような温和なウィルスを一定程度の人々が獲得してパンデミックを収束させるような集団免疫への筋道を作り出すことさえ希望として持てるだろう。

「感染者に無症状の比率が高いのは個人個人にとっても社会にとっても良いことだ。」とGandhiは言う。

このコロナウィルスは多くの手がかりを残している。例えば、地域が異なると伝染程度が一様でないし、子供への影響が比較的小さいことだ。最も不思議で驚かされるのは感染して無症状な人の割合が異常に多いことだ。その比率は先月はおよそ40%であると感染症管理防疫センターは見積もっている。

これらの手がかりを基に、科学者によって向かう研究方向が違う。ある科学者は、ウィルスが体内に潜入するのに使う受容細胞(レセプター)の役割を研究して年齢や性別が果たす役割を理解しようとしている。また別の科学者はマスクについて、マスクの装着でウィルスを防ぎ装着した人の症状が軽かったり全く症状を示さないかどうか掘り下げた検討をしている。

最近人々を驚かせた理論は、我々の周りに普通にいる人たちがすでに部分的な免疫を持っている可能性があるということだ。

今年の12月31日にSARS-CoV-2が初めて見出された時に、公衆衛生当局者はこのウィルスを「新型」ウィルスと見做したが、その理由は人類が免疫を持ったことがないウィルスであると考えたからだ。しかし現時点ではその仮定は誤りであることを示唆する証拠がまだ不確かではあるが存在する。

大いに期待でき、最近の研究で確かめられつつある仮説は、特定の感染菌を認識するよう鍛えられている免疫系の一部分である「記憶」T細胞のおかげで、人類のある集団は部分的な免疫を保有している可能性がある、ということだ。このようなことは標準的な児童の予防接種から引き出される「交差防御*」に起因することもある。あるいは、最近火曜日のScience誌に掲載された論文が示唆しているように、普通の風邪を起こすような他のコロナウィルスに対する過去の接触から引き出された可能性もある。
(*注 交差防御 Cross Protection 引き起こす症状が弱いウィルス株の感染のせいで、その後に症状が強いウィルス株との接触で病気になることが防御されること。)

「こうした考えによって、なぜ人々の中にウィルスから身を守り重篤な病気にならずに済む人がいるかと言う事実を説明できる可能性がある。」と、国立衛生研究所(NIH)のFrancis Collinsが彼のブログで先週述べている。

もしこの仮説が正しいと判れば、人類レベルで到達できることは大きいだろう。

スウェーデンのカロリンスカ研究所のHans-Gustaf Ljunggrenらは、このコロナウィルスに対する人々の免疫は抗体検査で見積もった値よりずっと大きいかもしれない、と述べている。ボストン、バルセロナ、武漢や他の大都市の人々では、抗体を持っている比率は一桁代であり、これらが免疫を保有している人の比率とされた。しかし、抗体を持っていなくてもT細胞からの部分的な防御を持っているとしたら免疫獲得レベルはずっと高いであろう。このことは公衆衛生の観点からはとても良いニュースだ、とLjunggrenは述べる。

新型コロナウィルスの感染における無症状

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最近スウェーデンでは広範囲なロックダウンもマスクの強制もしていないにも関わらず感染が低下したり、ムンバイの貧民地区が高い感染の割にほとんど重篤な病気が見られないというような、コロナウィルスの疫学についての驚くべき傾向が見られるが、この事実はあらかじめ存在した免疫によるかもしれないと推測する専門家がいるわけだ。

一方で、そのように結論するのは早すぎるとする人もいる。アメリカの感染病学の第一人者であるAnthony S. Fauciはインタビューで、そのような考えも注意深く検討したけれど理論としては未熟である、と述べている。彼は、個人によっては先住する免疫があった可能性には同意している。

Fauciは、人が接触したウィルスの量(inoculumと呼ばれる)の影響は、他のウィルスについての知見から考えても、確かに重要だし因子となり得る、と述べている。彼は、特定の個人が病気や死から免れるかどうかを決める上でありそうな理由は、若さや健康状態を含めて色々あるとも注意している。また、病気が重くなかった場合でも健康問題が長引くことがあることを強調している。だからこそ、社会的な距離をとる、マスクをするなどの感染対策で警戒を怠らないことが必要だと彼は言う。「感染しても症状が現れない人がいる理由を明らかにするにはまだ不明な因子がたくさんある。一つの因子に絞り込むのは極めて難しい。」

免疫記憶装置

血液検査をもとに新聞の見出しが書き立てるのは、ニューヨークでは20%の人が免疫を獲得し、ストックホルムでは7.3%、バルセロナでは7.1%だと報道する。これらの数字は人々がウィルスに接触した後で現れる血液中の抗体の試験結果から得られたものだ。しかし、科学者がコロナウィルスとの戦いでより重要と信じるのは別の免疫系部分で、免疫系全般を組織化する白血球のひとつの形態であるT細胞である。

最近の研究から、コロナウィルスから形成される抗体が人にくっついているのはわずか2、3ヶ月であることが示唆されている。T細胞の検出試験は抗体の検出試験よりずっと手間がかかるので、T細胞とコロナウィルスに関する仕事は始まったばかりであるが、T細胞は数年保持されるという研究が知られている。

コロナウィルスとT細胞に関する初めての査読論文(サンディエゴ近郊のLa Jolla研究所のAlessandro Sette, Shane Crottyらによる)が5月中旬にCell誌に発表された。この研究者グループはコロナウィルスに感染した後に健康を取り戻した人々から採取した血液を調べてそれを2015から2018年に血液銀行に献血した未感染の対照血液と比較したいと考えていた。が、意外な結果に困惑した。対照血液の40〜60%にSARS-CoV-2を認識したと思われるT細胞を見出したことだ。対照試料を採取したときこのウィルスは存在さえしていなかったわけだから、この免疫反応は眼をそばだたせるものだったわけだ。」

別の研究者チームがこの結果について、過去に似たような病原体に接触したためであるとする仮説を述べた。おそらく偶然であろうが、SARS-CoV-2はある大きなウィルス群の一部である。そのウィルス群の2種のウィルス、SARSとMERS、は悪性で比較的短期間に発生して収束するタイプだ。他の4種類のコロナウィルス変異種は普通の風邪を引き起こすタイプで、毎年広範囲に広がるが軽い症状を示す。これらのウィルスは「SARS-CoV-2の小悪魔的な従兄弟」であるとSetteは呼ぶ。

今週SetteのグループはScience誌に新しい研究結果を報告したが、そこでT細胞の反応は「普通の風邪」コロナウィルスの記憶に部分的に由来する証拠を示している。「免疫系は基本的に記憶装置なのです。覚えていてより強い相手を攻撃します。」と述べている。
興味深いことに、Sette達は論文で彼らが観察したT細胞の最大の反応は、細胞に取り付くために使うウィルスのスパイク蛋白に対してだったことを記しているが、これはT細胞の防御をかわすウィルス株はほとんどないことを示唆している。

「現在皆が考えているモデルは、あなたは免疫的に防御されているか防御されていないか、つまり白か黒かというものだ。しかし、ある一定の人々が以前獲得した免疫をある程度保持していたとしたら、事情はスイッチのように白か黒かでなくて連続的に濃度が変化する灰色だということになる。」

児童期のワクチン

サンディエゴから2000マイル近く離れたミネソタ州、ローチェスターのMayo診療所で、Andrew Badleyは各種ワクチンの防御効果の可能性に注目していた。

臨床データの管理会社であるnferenceのデータ技術者と共同で、Badleyら科学者は医療機関で手当てを受けた患者137,037名の記録を調査してワクチン接種とコロナウィルス感染の関係を探索していた。理由は、例えば、天然痘のワクチンは麻疹や百日咳に対して予防効果があることを知っていたからだ。現在、たくさんの既存のワクチンがSARS-CoV-2ウィルスに対して交差防御を示さないか検討を続けている。

結果は非常に興味深い。過去において1年、2年あるいは5年間接種された7種類のワクチンが新型コロナウィルスに対して低い感染率を与えることが関連づけられた。特に、2種類のワクチンは強い関連性を示すように見えた。ごく最近肺炎ワクチンを接種された人々がコロナウィルスリスクに対して28%低いようであった。また、ポリオワクチンを接種された人々は43%リスクの低下を示していた。nference社の主任研究者であるVensky Soundararajanの思い出は、そのリスク低下があまりに大きいのを見た時すぐに受話器を取ってBadleyに電話して「こんなことってありうるだろうか?と言ったんだ」ということだ。

研究チームは、リスクに見られた差について考え得る説明を幾十も検討した。また、コロナウィルスの発生する地理的条件、人口統計、併存疾患、および患者がマンモグラム(乳房X線撮影)や大腸内視鏡検査を受けたかどうかまで考慮に入れた。これは予防的治療を受ける人ほどソーシャル・ディスタンシングに気をつける傾向があるだろう、と考えてのことだ。そのようなことを考慮しても既存ワクチンが示したリスク低下は紛れもなく大きかった。

「これにはまったく驚かされた。初めは何も期待していなかったし、あったとしても2、3のワクチンが軽い防御効果を示すかもしれない程度だと思っていた。」とSoundararajanは思い出を語る。

この研究は単に観察結果であって論理的な因果関係を明らかにしていない。しかし、Mayo診療所の研究者たちはコロナウィルスに対してこれらのワクチンの活性を定量化してModernaのような会社で作る新規なワクチンの評価基準を提供しようとしている。もし既存のワクチンが開発中の新規ワクチンと同程度の防御性であるとわかったら、世界中のワクチン戦略が変わるかもしれない。

遺伝学と生物学

一方、メリーランド州ベセスダにあるNIH本部では、Alkis Togiasが乳歯を持ったグループ、つまり子供に注目していた。彼は、この問題がヒトの体内に取り付く部分であるACE2として知られているレセプター(受容体)と関連していないかしら、と考えていた。

健康な人々では、ACE2レセプターは血圧を安定化させるという重要な機能を担っている。新型コロナウィルスはACE2に絡みつきそこで自己増殖をする。製薬会社は、レセプターの数を減らす方法やウィルスを騙して薬品にくっつけて自己増殖やヒトの体内に入り込まないようにする方法を検討している。

Togiasが設定した疑問は、子供は感染に負けないようにレセプターを自然に変形させているということはありうるだろうか?ということだ。

彼が言うには、最近の論文で直感に反するような事実が色々なアレルギーや喘息を持った子供たちに見られている。これらの子供たちのACE2レセプターは減少していて、例えば猫の毛のようなアレルゲンに触れたときにはさらに減少する。これらの事実は、喘息は呼吸器系のウィルスに対してリスク因子ではないように見えるという病院のデータと合わせて、研究者が強い興味を示している。

「アレルギー反応はレセプターの数を減らすように働くことでウィルスからヒトを守っていると考えられるんだ。これはもちろん理論上のことだけれどね」Toginsは国立アレルギー・感染症研究所で呼吸器生物学を担当しているが、アメリカの2000の家族についての研究でレセプターは高齢化とともに反応の仕方がどのように変わるかを観察している。家族内での変化と免疫反応を比較することによってレセプターの役割をさらに理解できるようになることを期待している。

以上の研究とは別に、多くの遺伝研究からACE2と関連する遺伝子は地理的に別のところ、例えばイタリアとアジア、に住む人たちでは明らかな変異を示すことがわかっている。もし差があるにしてもその差が感染に対して意味があるかはまだ分かっていないが、科学界では熱心に議論されている課題である。

マスク

カルフォルニア大学の研究者であるGandhiは、このパンデミックが起こる以前はHIVを専門としていた。しかし、他の感染症の専門家と同様に日常の大部分をコロナウィルスの研究に費やしてきた。あるとき、感染爆発のデータを詳細に調べているとき、ある傾向らしきことに気づいた。無症状の感染者の大部分はマスクをつけている人々だったのだ。

2隻のクルーズ船についての数値は特に衝撃的だった。ダイアモンド・プリンセス号ではマスクは使われておらずウィルスは自由に飛び回っていたようだが、被験者の47%は無症状だった。一方で、南極周遊のアルゼンチンクルーズ船では3月中旬に感染爆発が起こり外科用マスクが全ての乗客に配られ、N95マスクが乗務員に配られて、81%が無症状だった。

同様な高い無症状の感染がインディアナ州の小児透析施設で、オレゴン州の海産物工場で、そしてミズーリ州のヘアサロンでも記録されていて、これら全てにおいてマスクが使われていた。Gandhiがさらに興味をそそらされたのはシンガポール、ベトナム、チェコ共和国のような国全体でマスクを着用している国々だった。「これらの国でも感染はあったが、死者はずっと少ない。」

感染に対するウィルス量の影響についての科学文献は1938年まで遡る。当時、科学者は1つのウィルスを投与した場合は10億個のウィルスを投与したときより容易に感染を防げることを見出していた。投与された人の50%が感染するようなウィルス量を50%感染量(ID50)と呼んだ。

コロナウィルスについてID50がいくらかはわからない(ヒトにそのようなウィルス感染を試すことは非倫理的であろう)が、以前毒性の低いウィルスでのテストでは、ウィルスの量が少なければ病気は軽く、量が多いと病気は重い。ハムスター、マスク、およびSARS-CoV-2を含む研究が5月下旬に発表されたが、マスクで覆ったハムスターは使用しない場合より感染は軽かった。

今月出版されたJournal of General Internal Medicine誌上の論文で、Gandhiはパンデミックの初期に大部分の人がマスクをしていなかったときは感染者の無症状の比率は15%だったが、のちに人々がマスクをつけるようになったときの比率は40から45%であったと報告した。

このように、マスクをすることは他人を感染から守る(これはアメリカの保険当局者が強調することだが)だけではなくて、マスクをしている人を守っているという証拠がある、とGandhiは述べている。彼女はまた異論が多く物議をかもす主張もしている。つまり感染しても無症状であることはウィルスを不本意に拡散させるので恐ろしいことだという人が多いけれども、むしろて良い結果を得られるかもしれないと言うのだ。

「無症状の感染は免疫を作るきっかけとなり、それは人口全体のレベルの免疫獲得につながるというのは魅力的な仮定だ。そうすれば拡散は限界に達する。」

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訳者より

今回の「新型」コロナウィルスの感染には不思議なことが色々ある。日本などアジアの一部地域の死者が欧州、アメリカ、南米、ロシアに比較して極めて少ないこともその一つだ。8月中旬時点で全世界の感染者が2000万人を超え、死者が75万人を超えているのに対して日本の感染者は5.4万人、死者は約1000人である。10万人あたりのコロナによる感染者数(死者数)は、アメリカ約1600人(約50人)、イタリア約400人(約60人)、ブラジル約1500人(約50人)ロシア約600人(約10人)に対して、日本約41人(約0.85人)、韓国約30人(約0.45人)であり感染率も死亡率も明らかに低い。山中伸弥教授はこの未知の原因を「ファクターX」と呼んでいる。

前回のワシントンポストの記事はコロナウィルスの変異と感染力の関係に注目していた。今回は、ヒトの潜在的な免疫力に注目している点が興味深い。

今後も、コロナウィルスの科学の動向に注目して行きたい。(2020.8.14)

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