5.飛騨高山と白川郷、五箇山、大牧温泉 ー お雪ちゃんが夢に見た土地 (合掌街道)
白川郷と五箇山は、今は日本を代表する世界遺産の観光地だ。小説「大菩薩峠」の中で、白川郷と五箇山が直接舞台になっているわけではない。お雪ちゃん一行が白骨温泉に長逗留しているうちに、同宿の自称神楽師たちが身分を隠した得体の知れない武士であることがわかってきたり、高山から来た「イヤなおばさん」がいたり、自称紅売りの女が一人で現れたりする。お雪ちゃんはその人たちを不気味に感じて次第に不安がつのり、ここを抜け出したいと思うようになる。そうしたとき、白山のふもとの白川郷は上方から落ちてきた平家の公達が作った美しい村である、という話を聞いて、その理想郷に龍之助と二人で駆け落ちし身を隠して暮らしたいと想い始める(年魚市=あいち=の巻)。ただ、その理想郷の近くには「畜生谷」と言う忌まわしい名前で呼ばれる、やはり落武者の集落があるという。白川郷に行くつもりが畜生谷に落ち込んだらどうしようと不安にもなる。結局、3人は白骨を脱出し、白川郷を目指して平湯峠を越え飛騨高山へ(畜生谷の巻)。高山では事件に巻き込まれ、白川郷にも畜生谷にも行き着くことはない。
今回、白骨温泉から飛騨高山への道は、長い長い安房(あぼう)トンネルを抜けて行く。高山は、天領の街並みがきれいに保存されているすばらしいところだ。ここを散策後、高速道路を北上。またまたトンネルが続く。今回ドライブした道路に新しいトンネルが次々現れ、建設中のものも多いのに驚いた。日本中の山道は、近年どこもこのように山を掘りトンネルだらけになったのだろうか。便利になったが暗闇ばかりで景色が見えない。
「世界遺産」白川郷は、外国人を含むたくさんの観光客であふれていた。カメラの電池が上がってしまい残念ながら写真はない。観光案内所で充電を頼んだら快く引き受けてくれたのには感謝。「世界遺産」五箇山は、観光客も少なく、合掌作りの里を静かに散策することができた。
さらにドライブで庄川の渓谷に沿ったS字カーブの狭い道を北上することおよそ1時間、小牧ダムそばの船発着場に着く。ここに車を残して、遊覧船に乗り静かな湖面を南へ30分、大牧温泉へ。湖面から立ち上がる急な山肌に貼りつくように温泉旅館が建っている。ここの源泉は53℃と熱くて透明。露天風呂では、源泉を高所から岩壁沿いに伝わり下ろしている。温度調節の工夫か。湖と周囲の緑をのんびり楽しんだ。説明によると、小牧ダムができる前には切り立った千尋の谷底に小さな村々があったという。今は水底にあるその土地が(全く根拠はないが)お雪ちゃんが落ち込むことを心配した「畜生谷」ではなかったかと空想してしまったほど山深く谷深く、外界から隔絶されたところであった。
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・おわりに
小説「大菩薩峠」は旅の物語とも言える。上に述べたたくさんの多彩なキャラクターがそれぞれ奥秩父、沢井・青梅、江戸、鈴鹿、大和三輪、京、紀州龍神温泉、十津川郷、伊勢間の山、東海道、甲州奈良田、江戸長者町、甲州有野村、甲府、安房小湊、安房の鋸山、安房洲崎、巣鴨庚申塚、上野原、碓氷峠、諏訪、善光寺、松本、白骨温泉、木曽福島、名古屋、飛騨高山、勿来、美濃金山、仙台、石巻、恐山、関ヶ原、伊吹山、長浜、琵琶湖、大阪...とめまぐるしく旅をしていく。(お銀様と能登守以外はみなお金がない庶民であるが、旅費はどうしたのだろうか、と詮索するのは野暮か)全体を貫く筋はないので、気が向いたときにどの箇所からでも読むことができる。介山の博識とキャラクター創造力には驚かされる。これからも日本各地を旅行する機会があれば「大菩薩峠」の物語を思い出すであろう。
新聞小説として掲載された「大菩薩峠」には豊富な挿絵があったが、私の読んだ文庫版には挿絵は全くない。挿絵がないほうが想像で世界が広がって良いとも言える。でも、挿絵の入った「大菩薩峠」も読んでみたい。最近、「都新聞版・大菩薩峠」9巻が発売されたのを本屋で立ち読みした。小説書き出しの文章などが完成版と異なり、往年の挿絵がすべて含まれていて興味深い。全41巻のうち9巻だけなのが残念だが(写真は池袋の書店Libloにて)。
最近は、中里介山や「大菩薩峠」は忘れられつつあるようだが、日本の国民文学として読み継がれることを願う。
ここまで拙文を読んでいただいた方、写真だけを流し見していただいた方、に感謝します。ご意見、ご感想などをお寄せください。とうへい (2015. 7. 7) |