博士論文要旨
論文題目 Molecular Structures and Functional Modifications of Poly(vinyl alcohol)
(ポリビニルアルコールの分子構造と機能的変性)
1998.8.24
森 谷 東 平
こうした工業的重要性を有するPVAL系重合体について、その分子構造をNMRを用いて検討した(Part A, p27-107)。次に、共重合の手法によりPVALの分子鎖内にイオン基や架橋基を導入し従来未知かつ工業的有用性を有する機能変性化合物を開発した(Part B, p109-229)。
Part A NMRによる分子構造解析
Chap. 3 水酸基プロトンNMRによるタクティシティーの決定(p28)
Figure 2 Three kinds of stereochemical sequence structures in poky(vinyl alcohol).
Figure 16 (a) NMR spectrum (100 MHz) of poly(vinyl alcohol) in dimethyl-d6 sulfoxide at 50C. (b) Hydroxyl proton spectrum (220 MHz) of poly(vinyl alcohol) at 42C.
なお、水酸基プロトンの吸収線に見られるスピンースピン分裂は、アイソタクチック、ヘテロタクチック、シンジオタクチックでそれぞれ3.1、4.3、5.3と異なるという興味ある現象を見いだした。また、ジオール、トリオールモデル化合物についても測定も実施した。
Chap. 4 部分的に加アルコール分解されたPVALの酢酸基の分布状態(p41)
Figure 3 Sequence distribution of acetyl group in poly(vinyl alcohol-co-vinyl acetate).
Figure 22 The 25.144-MHz 13C-FT-NMR spectra of the two samples of PVAL-AC prepared by direct saponification and by reacetylation and of PVAL and PVAC homopolymers. The stick spectrum represents the 13C chemical shift values calculated for the three difference sentences.
Figure 24 The diagram of the (OH,OAc) dyad proportion vs. the content of hydroxyl group
in PVAL-AC copolymers.
Chap. 5 エチレンービニルアルコール共重合体におけるモノマー反転(p54)
酢酸ビニルは単独重合時に頭尾結合により成長し、モノマーが反転する頭頭結合は1~2%程度起こるだけである。エチレンとの共重合においては立体障害がないので酢酸ビニルの反転結合がもっと頻繁に起こることが示唆され(Fig.4)、IRや1H-NMRによる16~45%という測定値も報告されていた。酢酸ビニルがそのように多量の反転結合を起こすとすれば、EVOHの結晶性や気体透過性にも影響が考えられるため、正確な定量が待たれていた。EVOHを13C-NMRで研究することにより、反転結合に起因する1,4-グリコールの明瞭なスペクトル線を見出した(Fig.25)。
Figure 4 Normal and anomalous additions of vinyl acetate in propagation step for the copolymerization of ethylene and vinyl acetate.
Figure 25 The 22.63-MHz 13C-NMR spectra of an ethylene-vinyl acetate copolymer (EVAC) containing 31.20 mol% ethylene units and of the hydrolyzed sample of the EVAC, an ethylene-vinyl alcohol copolymer (EVOH). The resonance lines are assigned to the five-carbon sequences shown.
ビニル化合物の通常のスペクトルと異なって、スペクトル線がモノマー単位の配列に一義的に対応していない。例えば、1,4-グリコールに帰属されるスペクトル線(i)は、五種類のモノマー単位の配列、ᾹAA、ᾹᾹA、ᾹAE、EᾹAおよびᾹEA(ここで、Eはエチレン、Aは頭尾結合した酢酸ビニル、Ᾱは頭頭結合した酢酸ビニル)に含まれている。解析は、反転結合を考慮した「三元系」の共重合の理論計算(マルコフ統計)により実施した。その結果、酢酸ビニルがエチレンラジカル末端で反転結合する頻度は2~6%で、単独重合時より多いが依然として頭尾結合が主体であると結論できる。
Chap. 6 ビニル系高分子モデル化合物のコンフォーメーション解析(p77)
Figure 29 Staggered conformers in the meso and racemic isomers of 2,4-disubstituted pentanes. The pairs of conformers joined by arrows are forms equivalent to each other by symmetry.
Figure 30 First-order and second-order intramolecular interactions considered to be present in 2,4-disubstituted pentane by a consideration of the local interaction model and the designations of their energies and statistical weights. The designations of the conformations, T, G, and , are defined by the three Newman diagrams.
Figure 5 The determination of conformation for polymer from the conformational analysis of model compounds and theoretical calculation
PVALのモデル化合物である2,4-ペンタンジオールでは、スピン-スピン結合定数の溶媒効果と温度依存性が測定されている。溶媒効果は、二個の水酸基間の相互作用エネルギーEの変化としてきれいに説明できる(Fig.35)。6種類の溶媒における12個のコンフォーマーの存在確立を決定した(Table 11)。また、溶媒効果のデータ解析中に、transとgaucheの位置におけるスピン-スピン結合定数、JtとJg、を決定可能であるという事実を偶然に発見し、Jt =11.5、Jg = 2.1 Hzと決定した。 この定数はNMRを使用してコンフォーメーション解析をする上で基本となるものであり、従来環状化合物の値が使用されてきたが、鎖状分子では今回初めて決定したものである。
Figure 35 (a) - (d) Experimental and theoretical temperature dependence of Jm, Jr, Jm, and Jr in pentane-2,4-diol. The data observed by Fukuroi et al.12 in the various solvents are plotted. The solid line indicate the curves calculated for the various values of E with other parameter values, with E = -0.42, E = 0.4, E = 0.9, and E = 2.0 kcal mol-1. (e) The relation between E and E, which reproduces the experimental value on the abscissa for the crossing point of the curves in (b).
新手法を、ポリ塩化ビニルとポリスチレンのモデル化合物のコンフォーマー解析にも応用した。ポリ塩化ビニルのモデル化合物である2,4-ジクロロペンタンの文献値は本方式の計算値と良い一致を示した(Fig.36)。置換基の塩素原子のサイズが小さいためにメソ体ではTG(=GT)に加えてTTや T (=T) 、ラセミ体ではTTとGGに加えてTG(=GT)などの寄与がある(Table 12)。
ポリスチレンのモデル化合物である2,4-ジフェニルペンタンでは、3種類の溶媒中での測定値が知られている。溶媒効果は見られないが、ラセミ体のJは大きい温度依存性を示す(Fig.37-a)。これは、フェニル基の内部回転の影響でフェニル基に関する一次相互作用エネルギー、E、の温度依存性として説明できる(Fig.37-b)。ラセミ体は、低温ではジグザグ型のTTが好まれるが、高温ではフェニル基の立体障害の効果が大きくなり屈曲構造GGがTTの比率近くまで増加する(Table 13)。
(b) The E’s obtained experimentally as a function of the temperature. See text.
Part B 共重合による機能的変性
PVALの分子鎖中にカルボキシル基、スルホン基、カチオン基、架橋基を共重合方式により導入する方法を総合的に検討し、PVALの機能的変性を実施した。最適と結論された変性モノマー例は次の通りであり、いずれもビニルアルコールとの共重合体は文献未報告の新規化合物である。
・カルボキシル基:イタコン酸 (IA)
・スルホン基:2-アクリルアミド-2-メチル プロパンスルホン酸ナトリウム (SAMPS)
・カチオン基:トリメチル-(3-アクリルアミド-3,3-ジメチルプロピル)アンモニウムクロリド (QAPA)
・架橋基:N-(n-ブトキシメチルアクリルアミド) (BMAM)
BMAM: CH2=CH-CONHCH2-O-CH2CH2CH2CH3
Chap. 7 カルボン酸モノマーによる変性(p110)
カルボン酸モノマーによる変性では、カルボキシル基が機能的に活性なカルボン酸塩-COONaとならず、不活性な分子内エステル(ラクトン)や高分子を不溶化する分子間エステル(架橋)が生じるなどの問題がある。例えば、無水マレイン酸(溶媒メタノールと反応してマレイン酸モノメチルとなる)を使用した場合は部分加水分解物に架橋が生じ水溶性を示さず使用できないが、これは加アルコール分解時に生成する六員環のδラクトンが架橋の原因になることを明らかにした。
この問題は、共重合に使用するカルボン酸モノマーの構造に依存すること、IAを使用すると架橋が起こらずにカルボン酸塩構造を含む変性物を直接かつ安定に製造できることを見出した。IAを0.5~5モル%分子鎖中に導入する変性により、従来水溶性高分子として使用できなかった加水分解度が80~50モル%のPVALも水溶性となり新規材料として使用可能となった(Fig.44)。この材料は造膜性が格段に良く、気体や溶剤に対するバリヤー性を必要とする感熱紙などの情報関連用紙のサイズ剤として最適である。
IAに替えて無水マレイン酸(溶媒メタノールと反応してマレイン酸モノメチルとなる)を使用した場合は部分加水分解物に架橋が生じ水溶性を示さず使用できないが、これは加アルコール分解時に生成する六員環のδラクトンが架橋の原因になることを明らかにした。
Chap. 8 スルホン酸モノマーによる変性 (p133)
スルホン基については、SAMPSが共重合速度、反応率などの点で実用的なモノマーであることを見出した。加水分解度の低いPVALを可溶化する効果は強い。通常の変性していないPVALが塩類の存在で塩析され、また、カルボキシル基で変性したPVALは多価金属と反応したり酸性下で水溶性が低下するが、スルホン基で変性したPVALは塩類が存在したりpHが変化しても溶解性を維持する能力が高く、多価金属とも反応しない。この性質は、薬剤を包装する水溶性フィルムなどの応用で効果的である。
Chap. 7 カチオンモノマーによる変性(p142)
カチオン基の導入は10種類のカチオン化剤について検討した。その結果、QAPA等カチオン基を含む(メタ)アクリルアミド誘導体との共重合が共重合速度や反応率等の点で最も合理的な変性法であることを見いだしカチオン変性したPVALを初めて工業化した。カチオン基の機能は、水に分散した紙パルプへの高度な吸着性(Fig.54)、ポリイオンコンプレックスの生成、負に荷電した微粒子の捕捉性とこれを利用した情報記録材への応用、あるいは乳化剤として使用しカチオン性のエマルジョンを製造できることなどPVALの応用可能性を一段と広くした。
Figure 54 Adsorption of cationic PVAL onto fibrous pulp dispersed in bulk water.
Chap. 10 自己架橋性PVAL(p162)
PVAL水溶液を糊剤や乳化剤として使用した後で塗膜を耐水化したいというニーズは高いが、架橋剤を使用すると水溶液が増粘するなどの困難がある。BMAMとの共重合変性により架橋反応が調節可能な自己架橋型のPVALを開発した。BMAM基を1モル%含む変性PVALは使用前の粉末と水溶液の段階では架橋が起こらないが、塩化アンモニウムを水溶液に添加しフィルム等に成形後熱処理すると、煮沸水中での可溶分が0.8%、20℃の膨潤度が2.4倍という高度の耐水性を示した。固体の変性PVALフィルム中でBMAM基が次式のような架橋反応を起こすためと考えられる。(R:ブチル基)
この架橋反応に並行して、次式のようにアミド結合自身が開裂する副反応も起こることが確認されたが、その頻度は全BMAM基の約6%であった。
残りのBMAM基がすべて主反応を起こすと仮定すると、副反応で生じる構造にN元素が含まれないことからNの元素分析から架橋密度を見積もることが可能である。
Chap. 11 架橋したPVALの解析(p180)
BMAM基を0.025~5モル%含む各種変性PVALを合成して架橋したフィルムを得てその可溶分の分率()と可溶成分のPVALの重合度()を測定した。架橋密度()は不溶性成分のN分析から算出した。、およびゲル化点との関係はゲル網目理論の計算値と良く一致し、理論に合う理想ゲルが生じている(Fig.60)。すなわち、分子内架橋など耐水化にとって無駄な反応が少ない効果的な架橋体が生じている。
Figure 60 Sol fraction, , and weight-average degree of polymerization of the sol molecules, , for crosslinked polymer as functions of crosslinking density, . The solid and dashed lines are calculation results of the case of the polymer having = 2000 and most probable molecular weight distribution (= 2). Closed and open circles are the observed data on the crosslinked film made from poly(vinyl alcohol) modified with N-(n-butoxymethyl)-acrylamide (BMAM). The mole fraction of amido units corresponding to is also shown.
このゲル分の膨潤度を測定して高分子-溶媒相互作用パラメータ、、を膨潤実験のみから決定した。架橋基の量が限りなく0に近い極限値の (PVALの分率 = 0) は0.47で、これは浸透圧、毛細管粘度から求められた文献値と良い一致を示した。他の測定値から求めたを補正標準としないで、膨潤実験のみからを精度良く求めた初めての実験である(Fig.61)。
Figure 61 The relationship between polymer-solvent interaction parameter, and the volume fraction of crosslinked modified poly(vinyl alcohol) ,, in water at 20℃. This is obtained from swelling experiment of the insoluble film made from poly(vinyl alcohol)s modified with 0.05 to 5.4 mol% of N-(n-butoxymethyl)-acrylamide (BMAM) units. △" denotes mole fraction of crosslinkage
observed. Closed circles are the observed data and the line and the equation shows the best-fit relation by using the least square method.
Chap. 12 高膨潤性の変性PVALフィルム(p212)
Chap.12 高膨潤性のPVALフィルム
BMAM、イオン性モノマーおよび酢酸ビニルと三元共重合により架橋基と各種イオン基の両方を含むPVALを合成し、純水中で約400倍、0.1N食塩水中で約60倍の膨潤度を示す高膨潤性フィルムを得た。この実験に関連して、高分子電解質ゲルの膨潤に関する理論式を整理し、膨潤度を求める理論計算を実施し計算値と比較した。理論式は実測結果をよく説明しており、作製した高膨潤性フィルムの設計に使用できる(Fig.66)。
以上、NMRを用いて、PVALのタクティシティ、酢酸基の分布、酢酸ビニルの反転結合およびモデル化合物のコンホーメーション解析など高分子の基礎化学に重要でかつ工業的に有用な分子構造解析法を明らかにした。さらに、共重合による新規な機能変性PVALとして、カルボキシル基、スルホン基、カチオン基および自己架橋性基を有するPVALを新材料として開発した。
印刷公表論文: Macromolecules, 1972, 5, 577 他 10報 p235
関連特許: 公開特許公報53-91995 他 65報p236-240
ビニルアルコール 単独重合体 部分的な 加アルコール分解物 エチレン-ビニルアルコール 共重合体
(PVAL) (PVAL-ACまたはPVAL) (EVOH)
I H S